かなな著
「ここの白米。どこのを使ってるんですか?」
「産地直送なんだ。なんなら、竹林ん家にも送ってもらうように、連絡しておこうか?」
「是非とも、お願いしますよ。うーん。けど、ほとんど毎日この家のご飯食ってるからなあ。」
男二人が、モグモグパクパク。
大皿に盛った料理が、あっという間に空になってゆく。
いつの間にか、当たり前になってしまった光景だった。
晩御飯を食べに来るだけだが、優斗は芽生の家にやって来る。
あれから翔太と優斗は、香徳の元生徒会室で再び会ったらしいのだ。
男同志で、何の話をしてきたのか・・・。
意外にも意気投合して、翔太の方が優斗を呼ぶようになっていた。
「竹林ん所。お母さんいないんだってな。たまには芽生のご飯を食べさせてやってくれよ。」
なんて頼みこまれて、微妙な気分。
幼稚園児じゃあるまいし、母親がいないからご飯にありつけない・・。なんておかしな話だし、断ってもよかったのだが、いざ家にやってきた優斗の嬉しそうな顔を見ると、ダメだった。
イソイソと、ご飯作りに精を出す自分がいるのも事実。
そんな感じで、一週間。
優斗がうちに来るようになってからだった。いちいち小鉢にいれるより、大皿にデンと料理を乗せて、各々食べたいだけ取る方法に、いつの間にか変わってしまった。
「優斗君。これからもずっと来るつもりなの?」
細身な体で、よくこんなに食べても太らないんだ・・だなんて、羨ましげな視線を送ってしまう芽生に、優斗は首をかしげた。
「何言ってるんだ。嬉しいくせに・・・俺は大歓迎だぞ。芽生の貞操を救ってくれるんだからな。」
翔太が、芽生の言葉を拾う。
「なっ何言ってるのよ。」
顔を赤くさせて、翔太を睨みつけている芽生の表情を見た優斗の瞳が、スーと細まった。
そんな優斗に視線に、もちろん芽生は気付かない。
「なあ。竹林どう思う?いくら妹だからって、同い年の“女”と二人で過ごす問題を。
こいつ、考えなしだから、家では露出の多い服を着てウロウロするんだぜ。」
翔太に問われてハッとなり、
「本当っすか。それはいけないよ、芽生。いくら兄さんでも目の毒ってもんだよ。」
と、元の瞳の色に戻って答える優斗に、芽生は口を膨らました。
「もうしないわよ。」
「俺は見てみたいけどな・。」
ニヤリと笑う優斗に、翔太が口を挟む。
「それは勧められんなあ。さすがの竹林君も、芽生を大切に出来なくなってしまうぞ。その場で押し倒して無理矢理レイプしたら、せっかくのお付き合いも台無しだ。」
モグモグ。口の中にほおり込みながらも、翔太は優斗をちゃっかり牽制するのをやめはしない。
優斗の表情が消える。冷たいくらいの視線を翔太に向けて
「兄さん。俺を見くびらないでください。それじゃあ、“ケダモノ”じゃないですか。」
と小さくつぶやくと、翔太が手を振った。
「いや、竹林が悪いんじゃない。こいつがフラフラ誘う目付きで見つめてくるから、俺達男性軍は、必死に耐えなきゃいけないんだ。」
「いつ私がそんな目で見つめたのよ。」
膨れてつぶやく芽生を、おかずをパクリと口に入れた翔太が指差した。
「・・・こうやって、気付いてないから問題なんだ。」
翔太の応えに、優斗は考えこむように首をかしげて、
「確かに、芽生は独特の魅力ありますよね。」
と納得した様。
「まあ、頼むよ。せっせとこの家来て、協力してくれたらありがたい。」
「御馳走頂いちゃってますからね。任してください。」
「・・・・・。」
翔太は、優斗が来るようになってから、饒舌になった。
優斗も、元は男子校にいたためか、男同志の会話の方が気兼ねなく話が出来るらしい。
とにかくこの男共は、芽生の知らない所で、意気投合してしまっているのだ。
「今日ボクシングの試合があるんだが、見ていくか?」
御馳走様。と、手を合わせた翔太が、優斗に問いかける。
「もちろん、まだここにいていいなら。・・・実は俺、孝徳に行っていた時は、クラブはボクシング部所属だったんですよ。」
「道理で体育会系なわけなんだ。」
「・・・そろそろ始ってるんじゃないですか?」
その言葉に、二人はイソイソと居間に移動して、テレビをつけて
「おっ。間に会った。俺、チャンピオンの飯田の試合。結構好きなんですよね。」
「パンチが重いからなあ。今回もKOが見れるかなあ。」
と、芽生が全く興味のない話で盛り上がっている。
綺麗にさらえられた皿を片づけながら、ちょっとした疎外感を感じて、同時に彼等のリラックスした笑顔を見れる至福のひと時を、何と表現したらいいのか。
食事を終えても、翔太は優斗がいる限り、自分の部屋に戻らない。
以前の、二人っきりでいた時に漂わせていた、ピリピリとした雰囲気はきれいさっぱりなくなっていた。彼なりに整理がついたらしいのが、芽生的には寂しいような、辛いような・・・。
寂寞とした気持ちを、翔太も感じてくれているように思う瞬間もあった。
優斗と話す芽生を、チラリと見てくる彼の瞳。
何気に朝起きて歯を磨いた後に、ふいに佇んで、ぼんやりとした顔を見る瞬間があって、自分たちのその後を予感させる雰囲気を漂わせていた。
ただ、翔太が行動を起こすのは、もっと後になるだろうとは思う。
まだまだ芽生の両親は、この家に戻ってこないんだし、芽生一人にはしておけないとは思ってくれている筈だった。
ボクシングの試合が始まったらしい。
二人で「おー!」とか「くそ。そのままいけ!」など、テレビ相手に白熱した声援を送る姿を尻目に、芽生はどんどん後片付けを済ませてゆく。
途中、トイレに立って、浴槽にお湯を入れて、風呂場を出た瞬間。脱衣所に優斗がいた。
ふいに抱きしめられてビックリする。
「!」
動けない芽生は、掠ったか掠らないか分からないくらいの軽いキスを受けて、さらに動けなくなった。
「ずっとこうしていたいんだけどね・・。」
小さく耳元でつぶやいてから、彼はサッと身をひるがえし、トイレに入ってゆく。
ついでに、こっちに来た感じだ。
芽生の家では、優斗は翔太の目を気にしているのだろう。
露骨な行動をとってくる事はなかった。たまにコッソリ軽く触れたりしてくるくらいなのだが、このさりげない抱擁などが、芽生をドキドキさせる。
(困ったなあ〜。)
と、小さくつぶやき、優斗の後ろ姿を見ながら、フーと大きなため息が出る。
翔太の目を盗んで、何気に芽生に触れてくる優斗の存在も、侮れない。
彼に触れられて、全然イヤに感じない自分の気持ちは、どこにあるのか・・。
ひょっとしなくても、芽生は、二人の男性を同時に想っているのでは?なんて、最近は特に思う事が多くなってきた。
翔太を見れば切ない気持ちになり、優斗に触れられて、ドキドキする感情に翻弄されて・・・。
(私って、とても贅沢な女???。)
優斗に触れられた余韻に、ぼんやりしながら、芽生はそんな事を思うのである。